<   2015年 10月 ( 1 )   > この月の画像一覧

説明がないのが嫌い


 「言論妨害」事件の後の1970年5月3日の本部総会で「絶対平和主義」という理念(他2つ)をどこまでも堅持してほしい、その限りで公明を応援する(大意)という発言があって(『池田会長全集』4)、理念だから具体的には定義されていないが、他国との関係でいえばとにかく武力行使はすべてだめ、といった意味と解するのが普通じゃないかな。なんせ「絶対」だからね。そして素直に見れば、平和安全法制が目指す「平和」って、その政治判断の妥当性は措いておくとして、こういう理念とは大きく齟齬があるように見えるのだけど、ないのかね?会員のなかにはこういう「絶対平和主義」をエートスとして公明を批判している人が一定数いると思うが、こういう発言があるのだからいて当然。

 たしかに中ソの武力衝突とかホー死去からのベトナム戦争の泥沼化とか種々の反戦運動など、現在の国際・国内情勢とは(当然)異なる文脈での(そして理想主義的な)発言だが、教団史においてエポックメーキングで社会的注目を集めた時期の発言だから私は結構重要視しているのだよね。つまり、もしもこういう理念を引っ込めたのなら、そのことを公言するべきだと思うわけ。その理由も含めて。いま池田会長ご自身ができないなら他の「偉い人」が代打でやればいい(「偉い」からこそやりにくいのだろうが・・・)。私は思想的一貫性にはあまりこだわりはなくて、変節も必ずしも悪いことではないと思うのだが、その説明がないこと、それがいやだ。



 ああ、あと、行政が国民に番号をふってコンピューターで管理することに危惧を示す発言もあるのだが、どういうわけか(この時期にいたっても)こっちは人気がない。
by dreamingmachine | 2015-10-27 23:30 | 雑記 | Trackback

とある宗教研究者のブログ。メッセージはツイッターから。


by 星野健一
プロフィールを見る