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化け物かニートか

 「読書時間」の記事を半年ぶりに更新した。ここ7年の1日の読書時間は、平均すると5時間弱だった。結婚前までは威勢が良かったから、2年くらい怠惰になっても数値はあまり落ちない。佐藤優はどんなに仕事(執筆)が忙しくても6時間は確保しているらしい。ニーチェは執筆を含めて12時間ほど、エリアーデはそれ以上だったか?ここまでくると化け物なのかニートに近いだけなのか定かではない。


 こうやってくだらんブログなんか書いてないで執筆時間を増やすべきとは正論でございますが、日記を書いていると心理的に健やかになるのであります。それでも半分くらいは諸般の事情を考慮して書くだけ書いて泣く泣くボツにしているのでございます。
by dreamingmachine | 2016-01-26 07:27 | 雑記

1980年の『大白蓮華』

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 教団創立50周年にあたる1980年の『大白蓮華』をざっと読んでみた。デジタルコレクションに入っているが、館内閲覧になっている。以下、個人的な関心事について覚え書き。


●1月号・2月号に掲載された鼎談「80年代をどう生きるか」には人類学者の北沢方邦氏が参加。
●3月号には「応募論文のお知らせ」が載り、「会員の皆様とより一層、絆を強めるために」論文を募る(70年代にも「仏教大学講座応募論文」があった)。応募者の中には友岡雅弥、大久保雅行両氏の名もある。11月号で宗教哲学者の西谷啓冶が「学会」という名称に注目し、教学を勉強させる試験制度を褒めているが、それで身につけた教学上の知見をもって文化・社会について考える機会も設けたほうがいいと思う。また「応募論文」を企画してみたらどうか(HSにもあるようだが…)。
●4月号は戸田城聖の23回忌を迎えての特集。トップ陣の随想と戸田の年譜が載る。
●5月号には戸田・池田の会長就任日にあたる5月3日を記念した特集、6月号には牧口の生誕を記念した特集が載る。後者には心理学者の波多野完治が寄稿。
●7月号では聖教新聞論説委員だった野崎至亮氏が「神天上法門の意義」というコラムを書いている。『大白』で「神天上法門」が取り上げられるのは珍しい(過去4度か)。最後に取り上げられたのは、NDLで検索した限りでは、91年2月号のようだ。
●8月号では同じく野崎氏がインド紀行文を寄稿。「仏教の経典に説かれている事柄は、悉く、釈尊を始め仏教徒がたしかに体験し、自ら実感したものに違いない」と書いている。「釈尊を始め仏教徒」とは繊細な表現。
●9月号には『聖教新聞』1980年4月2日付に載った、52年路線に関する釈明文(ネットで一部読んだことがある)が転載されているが、私はあまり興味がない。それより、戦中、「天皇中心」の教団Sの信者だったが、「敗戦」「人間宣言」を機に教義を「変貌させた」ことに失望し、改宗した、と回想する「応募論文」が興味深い。こういう人、いたのだね。
●10月号には戸田の「生命論〈抜粋〉」が載る。創刊号や『折伏教典』各版との校合をしてみたら面白いかもしれない。
●11月号には先に述べた西谷と共に中国文学のバートン・D・ワトソン氏、仏教学者の三枝充ヨシなどが短いSG評を寄稿。
●12月号の後ろのほうにある「質問箱」の欄では、副教学部長だった川田洋一氏が「文底、文上という言葉をよく聞きますが、どういう違いがあるのでしょうか」という、大阪の会員の質問に回答している。後者についての「文々句々を字義通りに読んでいくこと」という回答はわかるが、前者についての説明はよくわからなかった。「学問的にはあやしいが面白い解釈」が「文底」読みだ、程度に私は理解している。何だか批評と呼ばれているものに似ている。むろん、誰にとっても面白いなんてことはない。
by dreamingmachine | 2016-01-06 07:59 | 雑記

とある宗教研究者のブログ。メッセージはツイッターから。


by 星野健一
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